Gazprom

29.05.2017

フンテラール「ここでは皆が仲間なんだ」

 入団記者会見からおよそ7年、公式戦126得点を置き土産にクラース=ヤン・フンテラールがFCシャルケ04を去る。彼の最後となるインタビューの第1弾で、ハンターは彼のシャルケでの初日、また素晴らしい瞬間と辛かった時期を振り返った。

クラース=ヤン・フンテラール選手、2010年9月8日は連邦大統領クリスティアン・ヴルフがスイスを訪問し、ギド・ヴェスターヴェレがドイツ外務大臣を務め、あなたは…

 僕が初めてシャルケに来た日だ。まだ昨日のことのように思い出せるよ。車でスタジアムに乗り入れて、その上一周したんだ。その時スタンドを見回して、選手入場口のトンネルを通ってクラブが僕を紹介する記者会見へ向かったんだ。そのあとはトレーニングへ参加しなくてはいけなかった。


でもあなたはフェリックス・マガトがその日何を予定していたか知らなかったのでは?

 いいや、知っていたよ。ポジショニングのトレーニングをしたんだ。いまだに自分がピッチのどの位置に立ち、トレーニングがどのように進んだか覚えているよ。


ほぼ7年も前のことになるというのに、感服です。

 サッカーに関しての記憶力はとてもいいんだ、プロ1日目から全てのディティールを意識的に覚えようと努力してきたからね。


それでもこの数年を少しばかり振り返って頂いてもいいですか?この間シャルケへの移籍は当時のあなたにとり故郷へ戻るようなものだったとおっしゃいましたが

 それにはたくさんの理由があるんだ。ひとつには地理的に僕の故郷に近かったから。また家に住んで、家族と身近に過ごすことができた。ほかにはレアルマドリードやACミランを経験したあとのシャルケは、自分のサッカーの原点に1歩戻るような思いがあった。今のプロサッカーのレベルではもう余り見ることの無い、日常が戻ってきたんだ。


それはどのようなことに感じますか?

 スペインやイタリアでは、僕たちは外の世界から完全に切り離されていた。僕たち選手は選手たちだけで過ごしていたんだ。ここシャルケでは全ての距離がとても近い。皆が仲間なんだ。僕たちは日常的に、彼らのためにプレーし、ピッチの上で全力を尽くす人たちを見ている。例えば僕の最初の日からシャルケのグッズに身を包んで、ほぼ毎回トレーニングを見に来る老夫婦とか、他にも毎日見に来て、心から笑い、僕がいつピッチを去るのかちゃんと見ていながら一度も声をかけて来ない女性とかね。そういうファンたちが自分がシャルケのユニフォームを着た時に負う責任を、はっきり自覚させるんだ。もし上手く回れば、それは更に力を与えてくれるけど、調子の悪い時期にはネガティブな気持ちを強くもさせる。でもそれがシャルケなんだ。ファンは彼らのクラブを生きてるんだ、彼らが持つ全てをかけてね。


7年間であなたはトレーニングを定期的に訪れるシャルケファン全員を覚えたと……

 おっと、それにはまずもう一回全員チェックしないと、誰か忘れていることがないようにね(笑)。でも正直な話、確実に大半を覚えているよ。ファンの顔を見て、励ましの言葉を貰い、悪いプレーをして批判をうければ、彼らとは違う関係を築くものだよ。とても正直だよね。それは僕にも理解できることだ、僕に合っているね。


あなたがファンの人気者なのは、得点以外にも何か理由があると思いますか?

 それはファンに聞いてみなければ。僕に言えるのは、僕が彼らをとても良く理解できるということだけだよ。彼らは接点が欲しいんだ、その多くの情熱を傾けるチームの選手たちとちょっと話がしたいのさ。僕にとっては当然のことだ、そうやって育てられたからね。

 

ラーゼンバルシュポルト・ライプツィヒ戦での重要な同点ゴールは、あなたにとってシャルケの公式戦で126得点目でした。ゴールを決めた時の気持ちは、今も最初の頃と変わらないですか?

 どのゴールでも決めた瞬間は同じように感じるよ、それは圧倒的な喜びだ。その瞬間に最も重要であり、最も素晴らしいことはゴールだ。僕はどの試合でも得点を決めたい、この気持ちは全く変わらない。でもその関わり方は変わったよ、特に試合終了後はね。

 

詳しく言うと?

 失敗を素早く消化することを学んだんだ。1、2試合で得点できなかったら、以前は何日間もそれについて考えていた。そして落ち着かず不機嫌になって、上手くできなかったことをピッチで衝動的に練習していた。でもそれは無駄にエネルギーを消耗するだけで、何の役にも立たない。今は、自分の強みに集中して、その強みを可能な限り活かすことが一番良いとわかっている。得点に関係なくね。ピッチにいる時はいつもポジティブな気持ちでいなければならない。

 

2011―2012シーズンは、いつも機嫌よくピッチから出ることができましたね。ブンデスリーガで29ゴール上げて得点王に輝いたばかりでなく、その他ポカールやヨーロッパリーグも合わせれば48試合で49得点を決め、14アシストも記録しました。あなたにとってシャルケで最高のシーズンと言えるのでは?

そうだね。でも僕だけの力で成し遂げたわけではないよ。僕の横にはラウールという信じられないほど素晴らしいチームメイトがいたし、他にもファルファンやドラクスラーがいた。多くのことが上手く噛み合っていて、そのおかげで僕は最前線で利益を出すことができたんだ。でも僕にとって一番の思い出はその1年前だ。

 

DFBポカール優勝?

 そう、それが僕にとって最大のハイライトだ。優勝した日とその後の数日ほど、あれほど多くの人があんなに幸せそうにしているのを見たことはない。それぞれの顔を見れば、僕たちが彼らに何かとても特別なものをプレゼントしたとわかった。この気持ちは僕たち一人ひとりにとって比類のないものだ。

 

それでは、あなたにとってシャルケで最も苦い思い出は?

 2014-15シーズン第33節のパーダーボルンとのホーム戦。

 

シャルケはその試合に1-0で勝利していますが・・・。

 でもあの瞬間にファンの心を失った。このユニフォームを着て経験した最も辛い出来事だ。あの時ファンは「フェアマン以外は全員出て行けばいい!」と歌ったんだ。僕にとってあの状況は信じられないほど辛く、強烈だった。ここに来てから初めて、僕はここにふさわしくないと感じた。そしてその後何日か、シャルケでプレーしていた間に唯一、クラブを離れることを考えた。あれはとても難しい時期だったよ。